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photo by Ann Sally

Ann Sally

2005年という一年を振り返ってみると、私個人にとって非常に重い一年であったことを思う。2月に3年間住み愛着の湧いた街ニューオリンズを後にし、6月には出産という人生の一大イベントを迎え、初めて自分の産んだ子供と対面した。そんなイベントを通過しながら、少しずつニューオリンズから離れつつあった私の心は、8月終わりに、あの大型ハリケーンにより半ば強引な方法で再び当地に戻されることになった。私にとってニューオリンズという街は、初めて海外で暮らそうと単身乗り出して行った街であり、その結果として酸いも甘いも含めたくさんの経験を与えてくれた意味深い場所であった。その街が、私の知る姿とは程遠い、壊滅状態になっているということを、にわかには信じられなかった。当初は悪い夢を見たのではないかさえと思った。でもそれは夢ではなかった。日本という遠方に身を置き、時差、温度差を持ちながら少しずつ伝わる情報を待っていることがどうにももどかしく、心だけここに在らずという状態となった。何が起こったかの概要をようやく掴めたころ、あまりのひどい状態に戦慄を覚えた。そして、誰もの想像をはるかに超えた街の大破壊は、すなわちニューオリンズにとって音楽文化そのものの破壊を暗示させた。

一人ご紹介したい人物がいる。私にとって非常に印象深いニューオリンズのミュージシャンのうちの一人であるハーリン・ライリーは、地元に拠点を置きながらも、リンカーンセンター・オーケストラのメンバーとしても活躍してきた世界的ドラマーだ。その彼がリンカーンセンターを2005年秋、辞めた。私は彼のドラムから音楽の枠を超えた非常に大切なものを学んだ。初めて彼のドラムをたたく姿を見たときは衝撃的であった。小さなライブハウスであったが、その精神はそこに留まっておらず、宇宙の何か大きなものとつながっているように遠くを見つめ、その目は鋭く輝き、肌は光り、とにかく、とてつもなく美しいものを見てしまったと、畏れのような感情を持ちながらひたすら演奏を聴いていたことを憶えている。その後も度々彼の演奏には接したが、ある時彼に、いっしょに演奏することが私の夢です、と伝えると、いつどのときでも、いまこの瞬間もウェルカムであると答えてくれた。彼の言葉のように、ニューオリンズでは有名無名による音楽家間の上下関係が全く存在せず一緒に演奏することが普通であり、音楽家と聴衆の垣根もない、そんな街なのだ。また、彼がニューオリンズ地元文化継承の一環として、地元の子供にドラムを教える場に参加した際の彼の言葉が印象的だった。音楽がこの世に生まれたとき、最初の演奏方法は何だったと思うか。その場にいた子供らは自信を持って打楽器であると答えた。彼は微笑みながら、人間の声だ、と答えた。

次に彼を見かけたのは、トロンボーン奏者のジョーが19歳にして亡くなった葬儀の場であった。ジョーは地元の若手ブラスバンドの中心的なメンバーで、彼の存在があるとなしでは演奏が全く違って聞こえるというほどの腕を持つ、将来有望な若者だった。その彼が黒人街で警察に銃殺されるという事件があった。経緯はここには書かないが、その彼のおじに当たるのがハーリンであり、泣き崩れて足元のおぼつかないジョーの母親を抱えるようにして歩いている姿を私は見た。そして驚いた。ドラムをたたく時とはまるで違い、怒りと悲しみに満ちているその表情は、私の胸に強く突き刺さった。時間も距離も遠く離れた今なお、ハーリンのその二つの表情は私の頭に強烈に焼き付き、言葉なしに多くのことを語りかけてくるようだ。

彼がリンカーンセンター・オーケストラを辞めた本当の理由を私は知らない。しかし、多忙でニューオリンズを留守にしがちだった、でも誰よりニューオリンズを愛し、地元文化を誇る彼が、ニューオリンズが危機に面している今こそ、長時間滞在し音楽的貢献をすべきだと考えたのではないか、と想像するに難くない。

さて、このハーリン・ライリーを始め、私に音楽という枠を超えて、生きていく上で大切なことを教えてくれた街、ニューオリンズの危機に、私自身は何ができるのかを、しばらくじっくり考えていた。そして、その自分なりの答えと行動が、この「Bound For Glory」である。Gloryには後光、栄光、繁栄、神への感謝等の多くの意味があるが、その「Glory」へ向かっていくことを意味するこの言葉を、ニューオリンズの現況を心から憂う日本の音楽家、エンジニア、スタッフたちがこぞって手を挙げてくれたこの企画のタイトルとした。私達の音楽を通じて、ニューオリンズのこと、また同じ様な危機に面している世界中の人々に思いを馳せるきっかけとなることが、何よりの幸いである。

2005年12月 ann sally



Bound for Glory - Single